グローバル・ラノベと政治同人誌だよ。

ポリシー:ちきう上からポコラーを絶滅しよう。嫌がらせノー、駄目、絶対。

プラチナ・シニア・カンパニー2

 

某Fラン大の就職掲示板には、外食と介護とITのブラック企業ばかりが貼ってあった。

「老人の席譲るのって偽善だろ」

「そうか、お前深く考えすぎじゃないか。

足腰の弱そうな人に席を譲るのは、ただのダンディズムじゃないか。

綺麗所の女にだけヨダレ垂らす奴はモテねーよ」

「俺はすぐに、老人に側に立たれる。鬱陶しい奴らだ。まるで俺に、席に座るなと言うように、威圧してくる」

「それは、お前が面倒くさがりだからだよ。面倒くさいから、入口近くの席に座るだろ。

ずっと座っていたいなら、人が来ない奥の方に行けばいい」

 

 

電車で席を譲られて、アナタ、私がいくつに見えるというの、とか言って、キレた婆さんなんか、見たことないんだけど。例えばどういう婆さんなの。

知らない。今度、叶姉妹みたいな人が来たときに、譲ってみれば、それで賭けしよう。

叶姉妹が座るかどうかで。

女子高生は、キラキラしているように見えて、暇だ。これは互いに不幸だった。

適当にレベル上げしておいたほうがいい。だけど、何の?そういうことで、未だに社会はモメていた。下らなかった。

何のレベルを上げるかなんて、市民としての最低限の教養以外は、自分で選ぶべきだ。

叶姉妹になるかならないか。

だけど、手の付けられないほど、切れてきたらどうするの。

叶姉妹に席を譲ったら、乗客に公開処刑されるでしょ。

だけど少なくとも私よりは年上でしょ、違うんですかってドヤ顔しておけば丸く収まるし、別に良いよ。

 

 

年金はほとんど終了していた。そういうの止めない。そういうこと言うから、嫌われてデメリットじゃん。

爺だって70年くらい生きてきた。

バカじゃないなら、食い扶持の稼ぎようがあるだろ。

プラチナ・シニア・カンパニー。

今のお前と、20歳のお前、どっちが使えましたか。

お前じゃない、あなただろ。

ハイハイ、これだから変人は困る。概念を壊して新しい仕事を創造するには、少しは変人要素が要る。だが、マナーもいる。変人と社会人のハイブリッド。

20歳のあなたは、使えましたか。今のあなたは20歳のあなたを、何に使いますか。逆だったらどうしますか。

コレは業務の性質によって違うんだろう。力仕事でいったら20歳だし。

プラチナ・シニアの用途を考えるのは、例えば底辺の用途を考えるのと同じくらい難しい。

大まかに言って、その2つはまとめて戦場にでも放りこめというのが、右派の爺利権だ。

左派の弱者を救うというのは、ただの詐欺だ。

鎖国したら、扶養可能人口が減り、何も生産できない弱者の生存可能性は無い。

とりあえずプラチナ・シニア・カンパニーのミーティングでは、

1、待機児童の面倒を見る。
1、空いた田んぼで自給自足してもらう。

くらいの平凡なネタが出た。全くもって平凡だった。

社会の本当の需要と、爺の潜在能力なんて、経済成長時代をひたすら走ってきた爺もしらないし、爺利権の人も知らなかった。

子供は破壊力があるよ。

待機児童解消に、老人なんか頼りになるか。だけど、誰もいないよりマシだろう。

だいたい頼りがいのある人は、前線へ働きに出る。

だからバックヤードに溜まる人材に、あまり質は望めない。何でも良い。

子供の側には、何か生き物がいる状態の方が、良いに決まってるだろう。

だったら、犬でよくない?

犬は言葉しゃべらないし、汚いんじゃない。何が?

 


時代劇を見てる爺は死ねよ。

平均寿命が50歳の社会を布教しながら、自分は100歳まで生きようとしている。

制度は硬直化し、誰も前向きの経済成長を望まない社会、

女性は子供を何度も生まされ、その子供は、すぐに死に、涙も枯れ果てた。

そんな大量の赤子の死体の上に築き上げられた江戸時代が流行したり、やってられない。病膏肓に入る。

そんなことは関係ないよ。江戸爺は、別に自分の生存可能年齢について深く考えているんじゃない。

明治以降の、年功序列型社会というあり方が、かつての忠孝の概念に似ていた、

働きすぎて家庭を顧みる余裕がなくて、家族が空洞化していた、そういうところに共感してるだけだ。