どうでもいい

言及先、リンク先と私には関係がありません。 結果的に関係が生じても責任を持ちませんが、そこまで影響力がないんで気にしないで下さい。

過剰医療は地雷戦術なんでは?

 

回復不可能なレベルになったら、医療、介護は要らないと思います。

自分の親族で、最後まで意識があって頻繁に死にたいと言った人もいたし、
何年も管に繋がれていた人もいました。

ボケて介護人を難病にするまで追い込んだ姑もいたし、腰の激痛で苦しんでいた人もいました。

 

見舞いに行って、医療現場の負担になっていることも心が痛んだし、
このままでは、30年後には直るはずの病気で、医療が受けられない人がいるのではないか。
体の弱い人って簡単に衰弱死します。

自分についてはすぐ死ねると楽観しているし、コレはお年寄りもそうなっていくだろう。

介護をしたくないから結婚しない、介護をさせたくないから結婚できない人は多い、

だから健康寿命とか、介護をしないというのは今後、当たり前になっていくと思います。

少子高齢化が問題、介護が問題という言動自体が、少子化を招いています。

一億総活躍社会という言い方は、多少、ファシストと思われようと、間違っていないと思う。

 

戦中世代の祖父母は大家族で、親族は仲がよかったです。

正月に集まるときなんかに、それぞれ生活があって、なかなか話も噛みあわないとしたら、祖父母くらいしか、ダシにする材料がなくて、祖父母の長寿は喜ばれるだろう。

けれど、寝込んでから、見舞いにいったとき、人身御供みたいで駄目だと思った。

 

そういう意味で、天皇の退位ってのはいい選択だと思う。

一時期、地雷っていう兵器は安くて大量に乱用されて、あとから取り除くのが大変でした。

つまり地雷で一人の脚が吹っ飛ぶと、戦場の倫理では、残りの3人が看護に当たらないといけない。

1人ふっ飛ばせば4人の兵力が殺せる、そういう思想で作られたそうです。

 

寄せ集めの安い軍隊はそんなことしないですが、第二次世界大戦中の軍隊には、衛生兵や女子挺身隊がいたようです。元々、先進国の国民医療保険第二次世界大戦が由来みたいです。

過剰医療はコレと同じ発想で、民族右翼や売国左翼がゴリオシしているんではないか。

 

日本に優れた医療技術があるなら、医療ツーリズムみたいのはいい、その家族(おそらく資産家)の選択だから。

日本の医療として収益は成り立つし、交流が生まれる可能性もあろう。

でも国家財政として地雷戦略を続けるのはよくない、現場も疲弊するし。

 

子供はいないのかと執拗に訪ねてくる年配者には「あなたみたいな人が年金生活しているから、お金がないんですよ」と言ってしまえばいいです。

ダラダラダラダラ、ロクな生活はしてないから、他人のライフスタイルに口出しするような堕落した精神に陥るんだろう。
 

この矛盾に一番、気が付いてるのは現場を知っている、厚生省や医師会です。

在任時にネオリベだった小泉元首相は厚生大臣の経験がありますが、最終的には介護、医療保険を切る予定だっただろう。

 

昨今、戦力になるお年寄りを見つけて生かして行こうという人たちも多くて、

祖父は5歳くらいまで私の絵画や読書のコーチで、私は人生の初期に受けた教育のレベルが高すぎて、しょうもない公教育に金を使いたくなかった、

当時、70歳くらいで、80歳くらいまで、習い事で生徒さんをとっていました。